【デートで行きたい滋賀観光】『八幡堀めぐり』のオススメスポットを徹底ガイド
こんにちは!神社入門ガイドのyoshikiです🌏
ピックアップされることの多い『八幡堀(はちまんぼり)』
大阪と江戸を結ぶ水運の中心地として発展し、近江商人のルーツと呼ぶべき八幡堀周辺には
江戸時代末期〜明治時代に建築された町並みが当時のまま残されています。
歩いているだけでも、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのようなレトロな雰囲気を楽しめることでしょう。
そこで今回は、八幡堀めぐりでオススメのスポットを徹底ガイド!
滋賀県のオシャレな観光スポットをお探しの方は、ぜひ最後までご覧下さい。
江戸時代のような非日常空間
安土桃山時代、豊臣秀吉の甥(おい)っ子である秀次によって造られた『八幡堀(はちまんぼり)』
かつては、大阪と江戸を結ぶ水運拠点として重要な役割を担ったとされる人工の水路です。
江戸時代末期から明治時代にかけては、大阪商人・伊勢商人と並ぶ日本三大商人の一つ、近江商人の発展に大きく貢献した場所でもありますね。
そんな八幡堀には、当時の町並みを今に伝える白壁の土蔵や旧家・西洋建築が立ち並び、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような非日常空間を楽しめます。
ホントに時代劇の舞台みたいだね!
実際に「るろうに剣心」などのロケ地としても有名だよ
堀沿いには遊歩道が作られており、歩いて探索することも可能。
観光用の小舟もあるので、約30分間の舟の旅を楽しむこともできます。
たまにはレトロな雰囲気の町並みを眺めながら、ゆっくりした時間を過ごすというのも良いかもしれません。
多くの武将が愛したパワースポット
古くから近江商人の守護神として信仰を集め「八幡さま」の呼称で親しまれている『日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)』
当社は足利将軍家や徳川将軍家など、多くの有名武将が愛したパワースポットでもあります。
なぜ有名な将軍に愛されていたの?
恐らく武運の神様がたくさん祀られているからだね!
日牟禮八幡宮のご祭神は
以上、五柱の神様が合祀されています。
武運の向上や道を切り開く神様がたくさん祀られているわけですから、多くの武将が崇敬したもの頷けますね。
応神天皇が当地で休憩をとった際の仮屋跡では、日輪(太陽)を二つ見た!
という伝承も残されているように、山々に囲まれた自然あふれる美しい神社です。
堺内にある森は「るろうに剣心 最終章」のロケ地としても有名ですよ。
ぜひ、日牟禮八幡宮で自然のエネルギーを体感してみて下さいね🌿
八幡の景観が楽しめるロープウェー
日牟禮八幡宮の目と鼻の先には『八幡山ロープウェー』があり、山頂から八幡の景観を楽しむことができます。
全国でプロポーズに相応しい場所として、NPO法人から「恋人の聖地」として認定されたロマンチックなスポット💕
へー展望台が有名なのかな?
元々はお城があった場所なんだ
豊臣秀吉の甥である豊臣秀次が入城した「八幡山城」は、安土城に替わる近江の国城として当地に建てられたものでした。
しかし、秀次は秀吉の暗殺(諸説あり)を疑われ、入城から5年後に自害。
八幡山城自体も、築城からわずか10年で廃城となりました。
現在の本丸跡にある『瑞龍寺(ずいりゅうじ)』は、秀次の母が息子の魂を供養するため、京都の村雲から移転したもの。
日蓮宗では唯一の門跡寺院である瑞龍寺でも、たまにライトアップのイベントなんかが開催されていて、幻想的な雰囲気を醸し出しています。
恋人の聖地と菩提寺(ぼだいじ)が同じ敷地内というのは、ちょっと複雑な気持ちになりますけどね...(笑)
ロープウェーの運賃も比較的リーズナブルなので、八幡山の絶景と歴史の片鱗に触れてみてはいかがでしょうか?
絶好のロケーションでランチ
たくさん歩いてお腹が空いたら、絶好のロケーションでランチ!
なんて、いかがでしょうか?
特に八幡堀の景観をもっとゆっくり楽しみたい!
という方にオススメなのが、テラス席から八幡堀が一望できるお食事処『ほりかふぇ』さんです。
近江牛のステーキや丼、うどん🍲
びわ湖産の天然ビワマスを使った定食やワカサギフライなど、滋賀県産の食材にこだわられたメニューが並んでいました。
観光地らしく、ご当地グルメを食べれるのは嬉しいですよね!
もちろん、ケーキやジェラート・ぜんざいなど、カフェメニューも豊富なので、思う存分ノスタルジックな町並みを楽しめることでしょう。
テラス席ならペットと同伴でも利用できるようですよ🐶
ぜひ、お散歩デートの合間に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
クラブハリエの絶品ドーナツ
明治創業の老舗和菓子屋「たねや」さんの洋菓子部門として、バームクーヘンを中心に高い人気を誇るクラブハリエ。
そんなクラブハリエの本店が、日牟禮八幡宮の堺内にある『クラブハリエ 日牟禮(ひむれ)館』
クラブハリエの洋菓子は、東京や大阪にも店舗展開されているので、食べたことがある方も多いのではないでしょうか?
しかし、クラブハリエ日牟禮館には、本店でしか購入できない限定商品が存在します。
それが「こだわりすぎな日牟禮ドーナツ」
見た目は非常にシンプルですが、バターの風味としっとりした食感🍩
随所に素材へのこだわりを感じる美味しいドーナツでした。
明治〜昭和初期の雰囲気が漂うヴォーリズの西洋建築も、店舗の魅力をさらに引き立てていますよね。
中庭にはカフェも併設されており、厳選した食材を使ったロールケーキなどを楽しむこともできます。
八幡堀めぐりを楽しんだ後は、ぜひ美味しい洋菓子を食べて、癒やされてみて下さいね🌿
【滋賀県真野観光】西近江路随一の厄除けスポット『神田神社』を徹底ガイド
こんにちは!神社入門ガイドのyoshikiです🌏
悪い運を断ち切り、人生の無事安泰を祈願する厄除けは、奈良時代から現在に伝わる大切な習慣ですよね。
厄除けといえば、厄年に神社仏閣で祈願やお祓いを受ける特別なイメージがあるのではないでしょうか?
しかし、厄除けというのは本来、日常生活で少しずつ溜まっていく穢(けが)れを取り祓う行事です。
つまり、特別悪い行いをしていなくても、ケガレというのは溜まっていくわけですね。
そこで今回は、滋賀県大津市真野(まの)にある西近江路随一の厄除けスポットと周辺のオススメスポットを徹底ガイド!
●滋賀県で穴場のパワースポットをお探しの方
●最近何をやっても上手くいかないという方は
参考になると思うので、ぜひ最後までご覧ください。
西近江の厄除けスポット『神田神社』
堺内にお寺を構え、西近江路(古代の北陸道)随一の厄除け明神として信仰を集める『神田神社』
湖西バイパスの真野インターからびわ湖大橋方面へ向かう途路に
ヒッソリ佇む穴場のパワースポットです。
なぜ神田神社は厄除けで人気があるの?
厄除けに関わる神様や仏様がたくさん祀られているからだよ
●彦国葺命(ひこくにふき)
当地一帯を支配していたとされる飛鳥時代の中央豪族"和邇(わに)氏"の遠祖。
彦国葺命は非常に頭の切れる人物で
天皇に反旗をひるがえした多くの兵士を見事討ち取った経由から「厄除けや災難除けの神様」として、信仰を集めています。
また、二の宮に合祀されている
最高神アマテラスの弟として有名なスサノオは、トラブルメーカーでありながら、ヤマタノオロチを倒した勇敢な神様ですよね。
その荒々しさは、恐らく暴風雨が神格化されたものでしょう。
暴風雨は生活や穀物に多くの被害をもたらすので、疫病神として恐れらた逸話も存在するスサノオ。
しかし、自然災害がもたらすのは、必ずしも悪いことばかりではありません。
暴風雨の激しい雨風は、海の表面と深海の温度や酸素を循環させ、生態系の維持や水不足解消に役立っているのです。
疫病神として祀られているのに、厄祓いのご利益で有名なのは、厄をも振り払う凄まじいパワーを持ち合わせているからなんですね。
当社は、堺内に神宮寺(神社にあるお寺)を構える珍しい神社ですが、本堂に鎮座している不動明王も煩悩を断ち切り、人々を正しい道へと導いてくれる仏様です。
現在でこそ、神社とお寺が同じ場所に存在するって非常に珍しいことですが
昔は多くの神社に神宮寺が存在したのです。
いわゆる神仏習合(神と仏の合祀)という考え方で、明治時代以降は広く普及していました。
ご利益という信仰の形も、仏教の影響が非常に大きかったと思います。
神仏習合の詳しい解説を学びたい方は、下の記事からどうぞ✨
神田神社には、厄除けにまつわる神様・仏様が数多く祀られていましたから、厄除け神社として信仰を集めているもの頷けます。
「最近、何となく気分がスッキリしないなぁ」
と感じている方は、ぜひ参拝に訪れてみてはいかがでしょうか?
自然に囲まれたもう一つの『神田神社』
先程紹介した神田神社から真野インター(西)へ向かい車を走らせると、なんともう一つ『神田神社』が見つかります(笑)
地元では、当社を上の神田神社・先程紹介した厄除けスポットを下の神田神社と読んでいるそうですよ。
神田神社が、なぜ真野に二つも存在するのか?詳しい経緯はわかっていません。
しかし、ご祭神に彦国葺命やスサノオなど、下の神田神社と同じ神様を祀っていることから
下の神田神社から勧請された神様だ!という説。
または、氏族内の祭典に関する意見の違いから、二社に分けられたのではないか?という説が有力とされています。
下の神田神社が厄除けスポットとして注目を集めたため、当社はまさに知る人ぞ知る穴場スポットといった感じ。
だた、堺内は恐らく下の神田神社より広く、大きな池と森に囲まれた自然エネルギーいっぱいの魅力的な神社です。
堺内を歩くだけでも、神秘的な空気と自然の美しさに癒やされることでしょう🌿
厄祓いで下の神田神社を訪れた際は、ぜひ合わせて立ち寄ってみて下さいね。
食事の神様を祀った『伊豆神田神社』
厄除けスポットの神田神社から、びわ湖大橋方面へ下ったところには『伊豆神田神社』という小さな神社があります。
住宅街の一角に鎮座しているので、ちょっと場所のわかりにくい神社ですが...(笑)
当社にも、かなり力のある神様が祀られているのでピックアップ!
ご祭神は
●厳宇迦能賣神(イカシウガノメ)
●倉稲魂命(ウガノミタマ)
恐らく、どちらもお稲荷様で有名な"宇迦之御魂命(ウカノミタマ)"の別名。
ウカノミタマの宇迦は、食物の古形を表しているように、五穀豊穣を司る食事の神様です。
一般的にウカノミタマは女神とされていますが、当社では男女で祀られているものと考えて良いでしょう。
なぜなら本来、伊豆神社には伊豆国(静岡)の大山祇命(オオヤマツミ)
神田神社には京都賀茂神社のご祭神である玉依姫(タマヨリヒメ)が祀られており
両社を勧請したのが、伊豆神田神社だからです。
なんか祀られている神様の名前が違うよね?
恐らく当社の創建に携わった人物の影響だろうね
伊豆神田神社を創建したのは、平安時代のト占術(占い)において右に出るものはいなかった!といわれる伊岐宿禰(いきのすくね)で
同時期に丹波国の役人へ任命されています。
丹波国といえば、伊勢神宮外宮に祀られている衣食住の最高神"豊受大御神(トヨウケビメ)"の故郷。
ですから、伊豆神社と神田神社の二柱に伊勢神宮と同じ神様(トヨウケビメ)が合祀され、穀物の神様(ウカノミタマ)となった可能性も考えられるのです。
詳しい資料がなく、あくまで推測ですから参考程度に留めておいて下さい(笑)
ちなみに当社は、真野にある神田神社から勧請された神様ではありません。
大津市堅田(かたた)の鎮守神である『伊豆(いず)神社』の分霊を祀る神社です。
主祭神に関しては結構謎の多い神社ですが、強力な力を持ったパワースポットである!ということはお分かり頂けたのではないでしょうか。
神社巡りで行きたいオススメのカフェ
神社巡りで歩き疲れたら、ぜひお立ち寄り頂きたいオススメのカフェが『Rcafe at Marina(Rカフェマリーナ)』さん。
先程ご紹介した伊豆神田神社の目と鼻の間にあるハーバーレストランです⛵️
ヨットクラブの2階に店舗を構えられているので、びわ湖の景観を楽しみながら、ハワイアン料理や本格フレンチを堪能できますよ。
料理に使用する食材は、見た目のオシャレさだけでなく、滋賀県産(地産地消)・無農薬・低農薬にこだわっているというのも好印象!
インパクト抜群のパンケーキも、甘さ控えめなのでペロリと平らげてしまいました(笑)
まるでモナコのヨットハーバーを訪れたかのようなオシャレなカフェレストラン。
Rcafe at Marinaさんで、上質なひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか?
【多賀大社】最高神アマテラスのご両親を祀る延命長寿のパワースポット
こんにちは!神社入門ガイドのyoshikiです🌏
「お伊勢參らばお多賀参れ お伊勢お多賀の子でござる」
「お伊勢七度 熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」などの民謡が大流行。
庶民の信仰を集めたとされる『多賀大社』は
伊勢神宮といえば、天界の最高神"天照大神(アマテラス)"を祀っていることで有名ですが
多賀大社では、そのご両親が祀られています。
そこで今回は、最高神アマテラスのご両親を祀る延命長寿のパワースポット
『多賀大社』の魅力を余すことなくお伝えしたいと思います。
多賀大社周辺を散策される際のポイントもわかりやすく解説していくので
ぜひ一緒に神社の歴史を学んでいきましょう✨
アマテラスのご両親を祀る神社
「お伊勢參らばお多賀参れ お伊勢お多賀の子でござる」
という流行歌からも読み取れるように、伊勢神宮の最高神アマテラスのご両親を祀る多賀大社。
地上を産むなんてすごい神様だね(笑)
まさに日本の産みの親と呼ぶべき神様かもね
ちなみにイザナギが父親、イザナミが母親だよ。イザナミは火の神様を産んだ後に亡くなってしまうんだ
なんだか悲しい昔話だね
イザナミが、火の神様(カグツチ)を産んで亡くなった神話からも
当時の人々にとっての出産は、それだけ死と隣り合わせのリスクがあったことが伺えます。
同様に火の力というのも、便利で身近なものだからこそ
恐怖の対象として捉えられていたのかもしれません🔥
ちなみに死後のイザナミは、黄泉の国(あの世)を統治する存在となります。
一方、三貴子(アマテラス・ツクヨミ・スサノオ)を産み終えたイザナギは
天界の統治をアマテラスへ任せて、隠居。
「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐すなり」とあり
幽宮(最後の居住地)の一つとされているのが、多賀大社です。
日本神話では、離れ離れになってしまったイザナギとイザナミですが
当社では縁結びの神様として、仲睦まじく祀られているのでした。
延命長寿にまつわる伝承
多賀大社には、延命長寿にまつわる伝承が数多く残されており
長寿祈願で篤い信仰を集める神社でもあります。
一番有名なのは、奈良県の東大寺再建の立役者である鎌倉時代の僧侶"重源(ちょうげん)"に関する物語📖
重源が61歳の年に、伊勢神宮で17日間再建の成就祈願をしたところ
夢にアマテラスが現れ
「事業成功のために寿命を延ばしたいなら、多賀神に祈願せよ」
というご神託を受けました。
ご神託通りに、多賀大社を参拝した重源の前にはヒラヒラと一枚の柏の葉が...。
その葉を見ると「莚(えん)」という字の虫食い後が残っていたのです。
莚は「廿(二十の意)」と「延」に分けられることから
「二十年寿命が延びる」というご神徳を授かったのでした。
多賀大神のご神徳を受けた重源は、二十年の努力の末
見事、東大寺再建を果たしたそうです。
東大寺再建のお礼参りに訪れた重源は、堺内の石に座り込み眠るように亡くなった
というお話です。
東大寺といえば、奈良の大仏が鎮座するような非常に大きい建物ですから
かなりの時間を要したという話も頷けますね。
ちなみに重源が亡くなったとされる石は「寿命石」と呼ばれ
現在でも堺内に残されています。
20年も寿命が延びるなんてスゴイ場所だね
囲まれた石の上に白石を乗せれたら願い事が叶うそうだよ
また、多賀大社への信仰が篤かった豊臣秀吉が母親である大政所の延命を祈願し、成就したそう✨
その時、寄進したとされる太鼓橋は
参拝時に渡ることも可能です。
面白い形をした橋だね
かなり角度のある橋だから渡る時は気を付けてね(汗)
病気を治したお多賀杓子
多賀大社のお守りとして有名なお多賀杓子にも
延命長寿に関する伝承が存在します。
独身で即位した初めての女性天皇である
第44代"元正(げんしょう)天皇"が病に倒れてしまった時に
多賀大社の神主が平癒を祈願して強飯を炊き
ご神木で作った杓子を献上したところ、病が治ったというお話。
杓子がお守りなんて面白いね
拝殿からも大きな杓子が見えるのでチェックしてみてね
ちなみにオタマジャクシの語源はお多賀杓子とも言われているよ
えービックリ!でも確かに杓子と形が似ているね
病気やケガなく一年を楽しく過ごせるように、多賀大社を参拝してみてはいかがでしょうか🙏
堺内にあるお蕎麦屋さん
多賀大社の広い境内には『寿命そば』という
お蕎麦屋さんも営業されています。
鳥居前などで、お食事処や茶屋を営業されているお店はありますが
神社の中で営業されているお蕎麦屋さんって
結構珍しいのではないでしょうか(笑)
お蕎麦や出汁も全て多賀大社堺内の
「そば舎」で作られているそうです。
寿命そばさんの名前の由来は、もちろん当社が延命長寿のご利益を授かることから🍀
無添加にこだわって作られたという自慢の出汁と
素材本来の旨みが、五臓六腑に染み渡ります。
やはり料理は「シンプル・イズ・ベスト」ですよね!
多賀大社のご本殿を参拝された後は、美味しいお蕎麦を食べて、豊かな時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。
【営業時間】
月〜土 10:00〜16:00
日・祝 10;00〜16:30
※蕎麦がなくなり次第終了
【定休日】水曜日
堺内外の魅力的なパワースポット
多賀大社には、イザナギとイザナミの祀られた本殿だけでなく、全国から様々な力を持った神様が勧請されています。
そんな境内・境外にある魅力的なパワースポットをピックアップしたので、一緒に見ていきましょう✨
造化三神と熊野権現
多賀大社の本殿横には
天神神社・熊野新宮・熊野神社が合祀された
摂社が存在します。
●天神神社のご祭神ー造化(ぞうけ)三神
天神神社といえば、学問の神様"菅原道真公"が祀られているイメージですが
造化三神は、世界(地球)のはじまりに現れた
・天之御中主神(アメノミナカヌシ)
以上、三柱の神様のことを指しています。
はるか昔に誕生し、計り知れぬ力を持った神様が造化三神なのです。
●熊野新宮のご祭神ー速玉之男命(ハヤタマノオ)
ハヤタマノオは、日本神話に登場する唾(つば)の神様です。
イザナギが亡くなったイザナミを追って、黄泉の国へ出向いた際に見てはいけない醜い姿のイザナミを見てしまいました。
そのことが原因で、イザナギとイザナミは喧嘩別れをするのですが
イザナギが別れ際に吐いた唾が、ハヤタマノオです(笑)
ええ...いくら喧嘩だからってヒドい扱いだね...
確かにね(笑)でも昔の人にとって唾を吐く行為は契約を強固にする意味合いがあったんだ
唾を吐く行為は、それだけ契約の意志が固いことを示しており
速玉は、みなぎる生命力を表しています。
●熊野神社のご祭神ー櫛美氣野命(クシミケヌ)
アマテラスの弟であるスサノオの別称と記載されています。
櫛は奇霊、美氣は木の幹を示しているので
不思議な力を持った木の神様とスサノオが合祀したもの
とも考えられるのではないでしょうか。
といった感じで、世界のはじまりに関わる神様と全国的に信仰を集める熊野三山の神様が
シレっと祀られていました(笑)
なかなかお目にかかれないビックネームばかりなので、ぜひ本殿と一緒に参拝してみてはいかがでしょうか🙏
式内社『日向神社』
多賀大社堺内の西参道入口付近に位置する式内社『日向(ひむか)神社』
一説では、本殿の二神よりも古くから当地で祀られていたと伝わる神社です。
ご祭神は
●瓊々杵尊(ニニギ)
太陽神アマテラスの孫として、日向国の高千穂(宮崎と鹿児島の県境)に降り立ち
葦原中国(地上の世界)を統治した"天孫降臨神話"の主人公です。
神話では、初代神武(じんむ)天皇が四世孫にあたります。
アマテラスが皇族の祖神である!
ということを正当化するために、重要な役割を担った神様といえるでしょう。
日向神社は、イザナギ・イザナミの二神より古くから当地に鎮座していた可能性もあり
本来は、全く別の神様が祀られていたのではないか?という説も存在します。
多賀一帯を支配していたのは、英雄ヤマトタケルの子孫である地方豪族"犬上氏"ですから
もしかしたら、犬神氏の祖神が祀られていたのかもしれませんね。
恐らく現在のご祭神は、奈良県の三輪山に祀られている日向御子神のご分霊でしょう。
日に向かって拝む神の子=ニニギという風に解釈しました☀️
いずれにしても、最古から当地を守っていた神様を祀っているわけですから
堺内にある摂社の中でも、特別大きな敷地を誇るのも頷けます。
多賀大社参拝時には、ぜひ足を運んで頂きたい神社ですね。
・国家安泰
・家内安全
元宮『調宮神社』
多賀大社の元宮と伝わる『調宮(ととのみや)神社』
多賀大社から山手へ14分ほど車を走らせた里村にヒッソリ佇む
まさしく知る人ぞ知る穴場のパワースポットです。
元宮ってどういう意味なの?
本殿の神様が元々祀られていた場所って感じかな
実際、本殿の向かい側に位置する杉坂山の峠には、多賀大明神が降臨したとされる三本のスギの木(ご神木)が立ち並んでいます🌲
ご祭神はもちろん、多賀大社の主祭神である伊邪那岐大神(イザナギ)
現在でも、多賀大社のお旅所として篤い信仰を集めています。
お旅所って何?
神様(お神輿)が途中で休憩する場所だね
駐車場もなく、小さな神社ではありますが
大きなイチョウのご神木や磐座に神霊が宿る神秘的なスポットです。
多賀大社門前町の糸切餅
多賀大社の大鳥居前にある門前町には、飲食店やお土産屋さんが立ち並んでいます。
多賀名物である糸切餅は、門前町で製造・販売されており、お土産を購入することもできますよ!
また「糸切餅総本家 多賀や」さんには、お座敷のイートインスペースがあり
できたてホヤホヤの柔らかい糸切餅を頂けます。
お隣りにある「糸切餅 元祖莚寿堂本舗」さんでは糸切餅の天ぷらなど
一風変わったユニークな創作糸切餅を食べることもできます。
キレイな色をしたお餅だね
色鮮やかな縦線はモンゴル軍の旗印を表しているんだ
なんでモンゴル軍なの?
鎌倉時代に日本を攻めてきたモンゴル軍を神様が撃退したという神話からだね
当時のモンゴル軍は世界最強の軍隊といわれ、日本軍も苦戦を強いられましたが
風の神様が吹かせた嵐(神風)によって、日本は救われたというお話でした。
つまり糸切餅の縦線は、刀を使わずに悪運を断ち切った平和の象徴を意味しているのです。
糸切餅は、多賀や草津のサービスエリアでも購入できますが
お店で頂くのとは、やはりお餅のしっとり感が違うなぁと思いました。
糸切餅の"生感"を楽しみたい方は、多賀大社参拝時に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
●糸切餅総本家 多賀や
【営業時間】8:00〜17:00
【定休日】無
●糸切餅 元祖莚寿堂本舗
【営業時間】9:00〜17:00
【定休日】水曜日
【福知山観光】元伊勢の伝承地『皇大神社(元伊勢三社)』の見どころを徹底解説
こんにちは!神社入門ガイドのyoshikiです🌏
観光スポットで神社を巡っていると
「元伊勢伝承地」として有名な場所を
訪れる機会があるかもしれません。
この元伊勢というのは日本国民の総氏神とされる『伊勢神宮』の神様が一時的に祀られていた場所を指しています。
伊勢神宮の本殿には、皇祖神アマテラスのご神体である
八咫鏡(やたのかかみ)が祀られている!
ということをご存知の方も多いのではないでしょうか。
しかし、八咫鏡(アマテラス)は、元々宮中(皇室)内に祀られており
現在の伊勢神宮に鎮座するまでの約90年間
二人の皇女の活躍によって、様々な神社へ遷座(せんざ)されたのです。
そんな元伊勢を名乗る神社は
関西を中心に、なんと60箇所以上も存在するそうですよ。
そこで今回は、元伊勢伝承地の一つとして有名なパワースポット
京都府福知山市の『皇大神社(元伊勢三社)』の見どころを徹底解説☝️
「京都で穴場の観光スポットを知りたい!自然のパワースポットを教えて!神社の知識を身に付けたい!」
という方に神社入門ガイドである筆者が、わかりやすくご案内していきます。
当地を訪れた時に素敵な思い出を作れるよう、ぜひ一緒に学んでいきましょう✨
豊受大神社(元伊勢外宮)
『豊受(とゆけ)大神宮』から一緒に参拝を行いましょう。
衣食住を始めとした産業の総氏神で
当地では、宇宙の創造神である天之御中主神(アメノミナカヌシ)と
同一神とされる神様です。
※一説では、アマテラスより力のある神様とも言われています。
相殿神として
●邇邇藝命(ニニギ)ーアマテラスの孫で葦原中国(日本)を平定した神様
●天児屋命(アメノコヤネ)ー藤原氏の祖神で祝詞(のりと)を司る神様
●天太玉命(フトダマ)ー忌部(いんべ)氏の祖神で占いを司る神様
も祀られていました。
なんだか凄い力を持った神様なんだね!
昔の人にとって自然と食べ物にはそれだけ深い関係性があったんだね
伝承によれば、当社にアマテラスが4年間滞在している間
一緒に祀られていたのが、丹波国の『比沼麻奈為(ひぬまない)神社』から
そして、アマテラスが今の伊勢神宮に鎮座した際
「私の食事係として、トヨウケビメを呼んで欲しい!」
という夢託を受けて、伊勢神宮外宮の地に遷されたのが
当社に祀られていたトヨウケビメです。
へー神社にも色んな歴史的背景があるんだね!
それにしてもなんで今回豊受大神社から参拝したの?
一様伊勢神宮には正式な参拝方法があるからだよ!
例えば、その年に採れた新米の収穫を感謝する"神嘗(かんなめ)祭"など
伊勢神宮のお祭りは、必ず外宮→内宮の順番で執り行われます。
トヨウケビメは、内宮のご祭神アマテラスのお食事係だから
まず外宮から祭祀を行っているわけですね🍽
外宮→内宮の順番が、伊勢神宮や元伊勢の一般参拝でも
正式な参拝方法と言われるようになったのでしょう。
ぶっちゃけ筆者的には、しっかり神様へ感謝の気持ちを伝えることが出来れば
どの神社から参拝してもオッケーだと思っています(笑)
一様、今回は私が参拝した順番通りに記事を書いていますが
皆様は、自分の好きなルートで参拝してみて下さい😌
本殿を取り囲む41社の神様
豊受大神社の見どころは、やはり堺内に祀られた摂社・末社の数ではないでしょうか?
多賀神社(アマテラスの両親)や月読宮(アマテラスの弟)など
伊勢神宮に関係する神社を中心として、なんと41社に神様が祀られているのです。
こんなにたくさん社殿があるのは見たことないかも!
ここまで摂社・末社がある神社は確かに珍しいよね(笑)それだけ古くから多くの崇敬者に支えられていたんだろうね。
ちなみに37ある末社は、社家(氏族)がそれぞれ一社ずつを祀っていたそうで
丹波国の主要神社として、厚い信仰のあった神社だということが伺えますね。
龍神伝説が伝わる二本のご神木
本殿の裏側にそびえ立つ二本の大きなご神木にも、ぜひご注目頂きたいです🌲
●龍燈のスギー節分の深夜に龍神が燈火を灯すと伝わるご神木
●龍登のヒノキー龍神が天へと駆け登るようにそびえ立つご神木
どちらも、樹齢は1,500年を優に超えるとされる大木で
龍燈のスギは、黒龍さん(黒い色のスギだから)
龍登のヒノキは、白龍さん(白い色のヒノキだから)
として親しまれているそうです🐉
なんで大きな木が龍神として祀られているの?
古くからご神木は神様が宿る神域と考えられていたからだよ
龍神は、気候や海・池の流れを司る存在として重要視されていました。
特に節分の夜は、旧暦(月の満ち欠けを基準にした歳月)でいう
大晦日から新年へ移り変わる一年の終わりと始まりですから
自然災害が起きないよう、丁重に祈願されていたのでしょう。
ちなみに、元伊勢内宮にも同様の龍神伝説が存在しますので
よかったらチェックしてみて下さいね。
皇大神社(元伊勢内宮)
第10代崇神(すじん)天皇の皇女"豊鍬入(とよすきいり)姫命"により
4年間アマテラスのご神体(八咫鏡)を祀っていたと伝わる
伊勢神宮の元宮の一つが『皇大(こうだい)神社』です。
●天照皇大神(アマテラス)
太陽を司る高天原(天界)の最高神で、皇室の祖神・国民の総氏神。
国産み・神産み神話で知られるイザナギとイザナミが最後に産み落とした三貴子(アマテラス・ツクヨミ・スサノオ)の長女で
イザナギが生んだ諸神の中でも、最も貴(とうと)いとされる神様です。
国土安泰・五穀豊穣・生命力向上などのご利益で、全国的に信仰を集めています。
脇宮の左殿には
●天手力雄命(アメノタヂカラオ)ーアマテラスが岩屋へ隠れた際に戸を開いた大力の神様
●栲幡千千(たくはたちぢひめ)姫ーアマテラスの孫である天孫ニニギの母親で織物の神様
が祀られていました。
天界で一番の神様は太陽の神様なんだね!
作物の成長に太陽は欠かせないからね。昔の人にとってそれだけ絶対的な存在だったんだろうね
ずっと祀られていたわけじゃないんでしょ?
伝承では当地で四年間祀られていたそうだよ。だから元伊勢と呼ばれているんだね
冒頭でも少し触れたように、アマテラスの巡行は宮中から
伊勢の地に鎮座するまでの約90年間。
豊鋤入姫と第11代垂仁天皇の第四皇女"倭姫(やまとひめ)命"によって
各地を渡り歩いたと伝わります。
なんでアマテラスを移動させる必要があったの?
それは太陽が感謝の対象だけでなく恐怖の対象でもあったからだよ
はじめて日本全土を統治したとされる崇神天皇の時代は
疫病や反乱などの災厄が多発して
人口の半分以上が亡くなったと綴られています。
そして、その原因はアマテラスを別の神様と同等の扱いで祀っていたこと
天界の最高神をぞんざいに扱ったことによる祟りだと解釈されたわけですね。
だから、二人の皇女は全国各地を巡行して
アマテラスの怒りが静まる聖地を探していたのかもしれません。
太陽は、たしかに多くの恵みをもたらしてくれます。
しかし、干ばつが繰り返されれば、作物は育たず
多くの病気が流行してしまうでしょう。
太陽神アマテラスは、私たちを照らしてくれる絶対的な存在でありながら
時として、自然災害をもたらす祟り神としての一面も持ち合わせているのです。
元伊勢を巡れば、当たり前だと感じている自然の大切さを
再確認することができるかもしれません🌿
80余りの小宮と八方除
皇大神社の見どころは、何と言っても本殿の前後左右を囲む
アマテラスゆかりの摂社や全国一宮などの社殿で
その数は、なんと80余りにも及ぶそうです。
凄い!豊受大神社の倍くらいお宮があるんだね!全部お参りできるかな...
全部をお参りするのは大変だから祈願したい社殿だけでも良いと思うよ(^^)でも感謝を伝えたいという気持ちは大事にしたいね
ちなみに本殿を取り囲むように祀られた小宮の配置は
八方除けの信仰が関係しているようです。
八方塞がりといえば、いわゆる全ての方角に障害があり
何も行えない状態のことを表していますよね。
(陰陽道でいう鬼門と裏鬼門の年)
八方除けは、そんなあらゆる方角へ降りかかる災難から
身を守ってくれるご神徳のことです。
太陽神へ日頃の感謝の気持ちを伝えるのはもちろんのこと
「最近、何をやっても上手くいかないなぁ...」という方は
穢(けが)れや災厄祓いを目的に当社を訪れてみるもの良いかもしれません。
日本最古の建築様式
皇大神社を訪れたら、どんな神様が祀られているか?だけでなく
ぜひ、建物様式にも注目して頂きたい。
特に本殿の建築様式は
伊勢神宮と同じく茅葺(かやぶ)き屋根の神明造(しんめいづくり)で
全国的にみても、非常に少ない古典的な建築様式です。
神明造の歴史は定かではありませんが
弥生時代の遺跡の柱と構造が似ていることから
弥生時代の高床式倉庫が発展したものと考えられているようですね。
「神社の建築様式をもっと詳しく知りたいよ!」という方は
コチラの記事にて詳しく解説しております⬇️⬇️⬇️
さらに皇大神社の鳥居は、黒木鳥居といって
これまた珍しい鳥居形式なのです⛩
画像からもお分かり頂けるように黒木鳥居は
樹皮のついたままの丸太材を組み合わせただけ(笑)
非常にシンプルな鳥居と言えるでしょう。
そのシンプルさが物語っているように
黒木鳥居は、日本最古の鳥居形式と言われています。
実際に現在でも黒木鳥居が使われている神社は
そして京都府嵯峨野にある『野宮(ののみや)神社』
以上、三社だけとなっております。
神社の建築様式からも、歴史の長さを感じ取れますよね。
ぜひ、当社を参拝される際は神社建築にも注目してみて下さい✨
日室ヶ嶽遥拝所
「自然のパワースポットをもっと知りたい!」という自然好きの方
おまたせ致しました(笑)
当社では、本殿を参拝したからといって
それで終わり!
....ではありません。
元伊勢内宮の堺内を出て、さらに山手へと登っていったところには
『日室ヶ嶽(ひむろがたけ)遥拝所』というパワースポットがあるんです🏞
当社の伝承によれば、アマテラスが降臨したと伝わる神体山で
皇大神社は元々、その山頂に祀られていたとも言われていますね。
ちなみに山の一部は神域のため、現在でも立入禁止⚠️
遥拝所では「一つのことを強く想えば願いが叶う」とする
一願成就の信仰が今なお残されています。
ぜひ、自分の内なる想いを神体山へブチまけてみてはいかがでしょうか(笑)
山にお参りするなんて何だか不思議な感覚だね!
木や岩や滝など山そのものは神様が宿る場所。そんな自然信仰が今でも大事に受け継がれているんだね
ちなみに、日の出から日の入りまでが最も長い夏至の日(6月21日頃)には
太陽が日室ヶ嶽の頂上に沈むという神秘的な光景を拝見できるそうですよ。
逆に昼の時間が最も短い冬至の日(12月21日頃)の太陽は
鬼伝説で有名な大江山から元伊勢内宮→伊勢神宮が一直線で結ばれる
レイラインのパワースポットでもあります。
上記の伝承からも、太陽信仰をかなり重要視していた場所
ということが伺えますね☀️
天岩戸神社
日室ヶ嶽遥拝所からさらに15分ほど歩みを進めた
日室ヶ嶽(または岩戸山とも呼ぶ)の山麓には
皇大神社奥宮と伝わる『天岩戸(あまのいわと)神社』があります。
えっ?岩の上に神社があるけど...どーやってお参りするの?
手前の鎖をよじ登ってお参りするんだよ(笑)滑りやすいから気を付けてね!
参道も急な階段が続くので、ホントにご無理はされないように...。
当社の入り口からも遥拝できる場所がありますし
十二分に景色を楽しむことができますよ🍀
宮川の透き通るような渓流と巨大な岩に囲まれた社殿の裏には
天から降りたった神々が座った場所と伝わる磐座(いわくら)があり
まさしく聖地と呼ぶに相応しいパワースポットではないでしょうか。
ご祭神は
●櫛石窓(くしいわまど)神
●豊岩窓(とよいわまど)神
の二柱の神様。
別称を天石門別(あまのいわとわけ)命とも呼び
その実体については、様々な説が存在する不思議な神様です。
ただ当社においては、アマテラスが隠れた天岩戸を
神格化した神様が祀られていると考えて良いでしょう。
なんでアマテラスは岩の中に隠れちゃったんだろう?
弟の悪行にショックを受けたからという神話が有名だね
アマテラスの弟であるスサノオは、海を表した祟り神とされており
高天原でも様々なイタズラを仕掛け、神々たちを困らせていました。
そして、ついに機織りの娘をあやめてしまうのです。
(その機織りの娘が、アマテラスの妹"稚日女(ワカヒルメ)命"だったという説も存在)
さすがのアマテラスもスサノオの行いにショックを受けて
大きな岩の扉が付いた洞窟へ身を隠してしまうのでした。
アマテラスが岩隠れした影響により
葦原中国(地上の世界)は暗闇に包まれてしまった...。
というのが、天岩戸伝説の物語で
もちろん、当地も天岩戸伝説の舞台地と伝わる場所の一つです。
太陽がなくなると、地上の世界が暗闇に襲われてしまうという展開からも
アマテラスが恐怖の対象であったことが伺えますよね。
ちなみに、そんなアマテラスが隠れた岩の扉をこじ開けたのが
元伊勢三社は、神様のご神徳を頂ける場所であり
自然の神秘や神社の歴史にも触れパワースポットでした。
ぜひ、福知山を観光された際は元伊勢三社へ立ち寄ってみて下さいね🐉
【天津神と国津神】2種類の神様の特徴をわかりやすく解説
こんにちは!
古事記や日本書記など、最古の歴史書に登場する神様は、"天津神(あまつかみ)"と"国津神(くにつかみ)"の2種類に分けられます。
他宗教の文化が日本の文化と習合する過程で、いつしか人格者も神様として崇められていくわけですが
現在でも、神社や大社に祀られているほとんどの神様は、天津神か国津神に分類されるのではないでしょうか。
そこで今回は、天津神と国津神。2種類の神様の特徴について、わかりやすく解説したいと思います。
神様の種類を理解すると、自分の推しの神様が見つかるかもしれませんよ(笑)
日本神話を知る上でも、重要になるので、ぜひ最後までご覧ください😌
天津神とはどんな神様?
天津神(あまつかみ)は、日本神話において"高天原(たかあまはら)"という天上界に住む神々のことをいいます。
世界のはじまりである天地開闢(てんちかいびゃく)に現れた"造化三神(アメノミナカヌシ・タカミムスヒ・カミムスヒ)"などの神様🌌
"始祖神(イザナギ・イザナミ)"によって、産み落とされた多くの神様。
イザナギから高天原を治めるよう委任された、太陽神"アマテラス"の子孫などが天津神に該当します。
造化三神(ぞうかさんしん)
天地が開けた高天原で、最初に現れたアメノミナカヌシは、天の中心の主💫
次に現れたタカミムスヒとカミムスヒは、万物の生産を司る神です。
この三柱は、男女の概念ない"ひとり神"という特別な存在。
アメノミナカヌシは、誕生してすぐに姿を隠してしまいますが
タカミムスヒは天津神・カミムスヒは国津神をサポートするために度々登場します。
始祖神による国産み、神産み
その次に、水の間から出現した大地の神・泥や杭を司る神・男女の体を神格化した神が出現し、 次に登場したのがイザナギとイザナミの男女神👩❤️👨
「誘(いざな)う」という言葉が表すように、互いを誘い合う年頃の男女神で、二人は神様で最初の夫婦となります。
二神は、淡路島を起点として国を産み、人間の生活に欠かせない岩や砂・屋根・自然や食物を司る神様を次々と産んでいきました。
日本神話では、本州にも"大倭豊秋津島(おおやまととよあきづしま)"という名前が付いているんですよ(笑)
太陽神アマテラスは、そんなイザナギが最後に産み出した"三貴子(さんきし)"と呼ばれる最も尊い神様の一柱です。
アマテラスは、神様と人間の境のない混沌とした地上の様子を見て、自分の子供や孫に治定させようと考えますが
この時、地上の制圧した神様や天孫が地上へ降臨する際の道案内を担当した神様のほとんどが、天津神です。
つまり天津神とは、国や生命、そして生命が生きていくための環境を産み出した神様🌱
また、天から降り立ち、日本を統治した神様のことを指しているわけです。
国津神とはどんな神様?
国津神は、地上の世界であった"葦原中国(あしはらのなかつくに)"を治める神様のことを指します。
葦原中国は、神話における日本の異名ですから、日本の自然や生活を見守る神様が国津神に該当🍀
また、日本神話が誕生する以前から、地域を守っていた神様なんかも国津神に分類されます。
日本神話の面白い特徴としては、多くの国津神にも天津神の血が混じっているということですね。
例えば、イザナギの三貴子として産まれた"スサノオ"という神様は、アマテラスの弟にあたりますが
そして、スサノオの子孫にあたる"オオクニヌシ"によって、葦原中国は治められるわけです。
スサノオが国津神になった理由
スサノオは、"すさまじい"という言葉があるように、平穏な日常を壊してしまうくらい荒々しいパワーを持った海の神様です🌊
しかし、亡くなってしまった母(イザナミ)に会いたいと泣いてばかりいて、海を守りませんでした。
高天原でも懲りずにイタズラを重ねたため、ついには高天原からも追放されてしまうのです。
今までの自分の行いを反省したスサノオは、葦原中国で人々を苦しめていた"ヤマタノオロチ"という怪物を退治🐍
ヤマタノオロチの生贄にされそうだった"クシナダヒメ"という国津神の神様と結婚し、葦原中国の政権を握る存在となったのです。
オオクニヌシの国作り
スサノオの子孫の中でも、一際才能のあったオオクニヌシは、兄たちから妬まれますが
スサノオの厳しい試練に打ち勝ち、娘である"スセリヒメ"と結婚したことで、"偉大な国の主"として国作りを行いました。
日本神話によれば、そんなオオクニヌシの子供の数は、180柱にも及ぶと記載されています。
まさしく一大王国を築いていったわけですね👑
オオクニヌシの国作りの物語には、私たちの生活に身近な存在も数多く登場します。
例えば、スサノオの住む「根(ね)の国」での試練中にオオクニヌシのピンチを救ったのは、なんとネズミ(根住み)でした🐀
一般的には、害獣として嫌われるネズミですが
"ネズミが食べれるほどの穀物に恵まれる"として、ネズミを福神と信仰する神社もあります。
さらに、オオクニヌシと協力して葦原中国を作り上げた"スクナヒコナ"は、一寸法師のルーツであるといわれていますし
オオクニヌシの悩みに唯一答えることができた"クエビコ"は、案山子(かかし)の神様です。
以上のように、国津神にはスサノオ、オオクニヌシの子孫にあたる神様や
私達の生活に身近な自然・動物の神様も挙げられます。
まとめと考察
今回は、天津神と国津神。2種類の神様の特徴についてお話していきました。
簡単にまとめると
また
といった感じで分類できるのではないでしょうか。
『スサノオが国津神になった理由』でもお話しましたが、日本神話における天津神と国津神の境界線ってすっごく曖昧です(笑)
例えば、イザナギとイザナミによって産まれた"オオヤマツミ"という山の神は、国津神の始祖的存在として登場しますし⛰
同じくイザナギから産まれた"タケミカヅチ"という雷の神は、葦原中国を制圧する天津神の刺客として、高天原から降り立ちます。
私たちでは手の届かない存在(太陽・月・雷)などが天津神で
私たちの生活に身近な存在(海・山・川)などが国津神
という分類もできなくはないですが、なんだかスッキリ整理はつきません(笑)
この天津神と国津神の曖昧な境界線には、古事記や日本書記が編纂(へんさん)された
当時の時代背景が関係していると思われます。
奈良時代から平安時代にかけて、ヤマト朝廷は強力な国家体制を整えるために、中央集権化を進めていました。
つまり、天皇を中心とした政権の実現のために、各豪族を支配する正当性が必要だったわけですね🤔
実際に日本神話では、アマテラスが葦原中国の統治を命じた"ニギギ"の子孫は、初代天皇である"神武天皇"です。
天津神の子孫である天皇家が、他の豪族たちより上の立場だ。ということを証明したかったのでしょう。
その証拠に、中臣氏(藤原氏)の祖神である"アメノコヤネ"や猿女氏の祖神である"アメノウズメ"など、朝廷側の豪族も天津神として描かれています。
しかし、地方には出雲国(スサノオが祖神)のように、ヤマト朝廷と匹敵する豪族が多数存在していると考えられていました。
ですから、地方豪族の立場を尊重するために、天津神と国津神の境界線は曖昧になってしまったのではないでしょうか。
出雲系のスサノオやオオクニヌシは、日本神話の国作りで大活躍をします。
逆に大きな力を持っていたにも関わらず、神話でほとんど登場しない神様は、朝廷に抵抗していた豪族の祖神という可能性があります。
もしかしたら、当時はアマテラス以上の崇敬を受けていた神様が居た...
と考えれば、 実はアナタの近くにひっそり祀られている神様も、すごいパワーを持っているのかもしれませんよ😌